S1うちの犬は頭がよくないけれどむやみに吠えない。S2これは犬種の性格である。S3もうひとつ、うちの犬は絶対に噛みつかない。S4これは訓練士に仕込まれた成果である。S5うちの犬は大きな犬なので幼児に噛みついたらそれが事件になってしまう。
S1訓練士は二十代の女性でスクーターに乗ってやってきた。S2訓練時間は週に4回、各30分である。S3半年近く経っても訓練が終わらないので、僕はいつになったら卒業できるんですか、と訊ねた。S4訓練士は家庭内での序列がはっきりしたら、と説明する。S5僕は序列ねえ、どういうことかな、とさらに質問すると、①お宅の坊ちゃんがまだ……。
S1十年前なので息子は小学生である。S2体格的にも犬と息子に差がない。S3うちの犬はまず僕、つぎに妻と気の強い娘に降参(注1)したのだ。S4だが息子は軟体動物のようにふにゃらふにゃらとしている。S5息子は寝てばかりいる。S6息子は起きてもあくびばかりしている。S7両者は最下位争いを演じたまま四つに組んで(注2)決着がつかないらしい。
S1動物は序列に敏感なのだ。
S1女性の訓練士が説明した。S2犬をかわいがっているつもりで甘やかし、②腕をがぶりと噛みつかれた飼い主がいた。S3甘やかせばつけ上がるだけ、噛みつき事件は自分が主人と信じ込んで飼い主をなめた結果である。S4動物はつねに威嚇しながら序列を確認しているから、仲間同士は本気で喧嘩をしない。S5相手が強い、とわかれば動物は争わない。S6喧嘩したら動物は互いに傷つき、厳しい自然界では生き残れないから。
S1さすがに血のめぐりの悪いわが家の犬も、ある日、息子にゴツンと頭を叩かれ、最下位が確定、平和的に棲み分けが決まり、予算オーバーの訓練は終了した。
S1僕は動物から教訓を得たわけではないが、家庭内でもタテマエとしての序列がないと混乱がはじまる。S2親父の権威の喪失が取り返しのつかないところまできたのは家父長制(注3)を否定しすぎた結果でもある。S3戦前は長子相続で、次男以下は相続権がなく女性にいたってはその他大勢の扱い、それはひどいものだった。S4僕はそういう状態を復活せよ、と述べているのではない。
S1職場で女性がもっと管理職に進出できる環境は整えたほうがよいし、僕の経験からして僕は共働きには賛成である。S2夫婦は家事も分担したほうがよい。S3だが私たちは③男女平等をはきちがえてはいけない。S4家庭は動物の巣に似た面がある。S5私たちは権威としての父性、包容力(注4)の母性まで削り取ってはいけない。S6父親と母親は父親は筋肉質で髯をはやし、母親には柔らかな肌とやさしい笑顔があるように、それらしく演じ分けたほうがよい。S7頻発する家庭内暴力が役割構造の喪失と無縁ではないからである。